薬物検査の基礎知識
薬物乱用の現状
日本国内に薬物使用者は何人いるのでしょうか。
2017年に実施された一般住民を対象とした全国調査によれば、覚醒剤や大麻といった薬物を少なくとも1回以上使ったことがある国民(15歳から64歳が対象)は、全国で約216万人と推計されています。内訳で最も多いのが大麻です。使用者人口は、全国で約133万人と推計されています。
労働人口当たりの乱用率
15~64歳 | 2017年(万人) | 乱用者の占める割合 |
---|---|---|
乱用者数 | 216 | |
人口 | 7,604 | 2.84% |
労働力人口 | 6,720 | 3.21% |
就業者数 | 6,530 |
薬物事犯検挙数の推移(取締り側のデータ)
区分 | 平成29 | 30 | 令和元 | 2 | 3 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
覚醒剤事犯 | 検挙人員(人) | 10,113 | 9,868 | 8,584 | 8,471 | 7,824 | |||
粉末押収量(kg) | 1,118.1 | 1,138.6 | 2,293.1 | 437.2 | 688.8 | ||||
大麻事犯 | 検挙人員(人) | 3,008 | 3,578 | 4,321 | 5,034 | 5,482 | |||
押収量 | 乾燥大麻(kg) | 176.3 | 280.4 | 350.2 | 265.1 | 329.7 | |||
大麻樹脂(kg) | 20.7 | 2.9 | 12.8 | 3.4 | 2.1 | ||||
大麻草(本) | 17,324 | 4,456 | 8,074 | 9,893 | 7,301 | ||||
麻薬及び 向精神薬事犯 |
MDMA等 合成麻薬 |
検挙人員(人) | 42 | 50 | 82 | 201 | 221 | ||
押収量(錠) | 3,181 | 12,303 | 73,935 | 90,322 | 54,204 | ||||
コカイン | 検挙人員(人) | 177 | 197 | 205 | 188 | 157 | |||
押収量(kg) | 9.6 | 42.0 | 34.9 | 23.4 | 10.0 | ||||
ヘロイン | 検挙人員(人) | 9 | 10 | 6 | 6 | 0 | |||
押収量(kg) | 70.3 | 0.0 | 0.0 | 14.8 | 0.0 | ||||
向精神薬 | 検挙人員(人) | 49 | 34 | 44 | 34 | 20 | |||
押収量(錠) | 2,581 | 10,859 | 55 | 4,075 | 533 | ||||
あへん事犯 | 検挙人員(人) | 12 | 1 | 2 | 12 | 15 | |||
押収量(kg) | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 5.8 |
覚醒剤や大麻の押収量が増えている
日本での押収量をみると、覚醒剤が最も多い。2016年以降、毎年1000㎏以上が押収されている。 マリファナとして用いられる乾燥大麻は、減少傾向にあったが、2016年以降増加が続いている。
取締りサイドの統計
- 日本の薬物乱用の現状
-
- ・ 2019年の検挙者総数:13,519人(警察庁発表)
- ・ 2017年の薬物乱用(使用)者総数:216万人推定(依存症対策全国センター)
- ・ 薬物乱用による死亡者数:不明
- 米国の薬物乱用の現状 NIDA(米国立薬物乱用研究所発表から抜粋)
-
- ・ 2021年の死亡者106,600人以上、違法薬物や処方オピオイド等の薬物過剰摂取
- ・ そのうち12,499人は、ベンゾジアゼピンの過剰摂取(フェンタニル混入含む)
- ・ 2019年の薬物関連事犯の検挙者数 1,558,862人(FBI 米国連邦捜査局)
ベンゾジアゼピン(エチゾラム)とは
平成28(2016)年9月14日に、エチゾラムを含めた3物質(ゾピクロン・エチゾラム・フェナゼパム)が新たに第三種向精神薬として指定されました。(麻薬及び向精神薬等取締法)
- 商品名
- デパス、セルシン ホリゾン、ジアゼパム、その他
- 副作用
- ふらつき、脱力感 筋弛緩作用 健忘 依存症
薬物治療側サイドの統計
一番多いのは覚醒剤だが、2番目は睡眠薬・抗不安薬などの処方薬、3番目は一般市販薬である。
主たる薬物 | 度数 | % |
---|---|---|
覚醒剤 | 452 | 39.3 |
揮発溶剤 | 49 | 4.3 |
大麻 | 64 | 5.6 |
コカイン | 4 | 0.3 |
ヘロイン | 3 | 0.3 |
MDMA | 0 | 0 |
MDMA以外の幻覚剤 | 1 | 0.1 |
危険ドラッグ | 14 | 1.2 |
睡眠薬・抗不安薬 | 343 | 29.9 |
鎮痛剤(非オピオイド系) | 8 | 0.7 |
鎮痛剤(処方・弱オピオイド含む) | 7 | 0.6 |
市販薬(鎮咳・感冒・鎮痛・睡眠薬等) | 105 | 9.1 |
ADHD治療薬 | 5 | 0.4 |
その他 | 26 | 2.3 |
多剤 | 68 | 5.9 |
全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査2020より作図
平成30年度厚生労働省化学研究費補助金 H29 医薬一般-001
研究分担者 松本俊彦 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 部長 ほか
概 況
精神科医療施設を対象とした調査によれば、「覚醒剤」を主たる薬物とする患者が半数近くを占めています。
一方、睡眠薬や抗不安薬(多くがベンゾジアゼピン系薬剤)を主たる薬物とする症例が増加しており、現在では覚醒剤に次ぐ患者群になっています。 なお、一般住民で最も使用されていた大麻を主たる薬物とする患者は、患者全体の数パーセントにとどまっています。
米国の犯罪統計との比較
トータル 1 | 10,085,207 | ||||
---|---|---|---|---|---|
殺人および過失致死罪 | 11,060 | その他の暴行 | 1,025,711 | 賭け事 | 2,458 |
レイプ 2 | 24,986 | 偽造と偽造 | 45,183 | 家族と子供に対する犯罪 | 85,687 |
強盗(対面) | 74,547 | 詐欺 | 112,707 | 飲酒運転 | 1,024,508 |
悪化した暴行 | 385,278 | 横領 | 13,497 | 酒類に関する法律 | 175,548 |
侵入盗 | 171,590 | 盗まれた財産;購入、受け取り、所有 | 88,272 | 酩酊 | 316,032 |
窃盗 | 813,073 | 荒らし | 180,501 | 秩序を乱す行為 | 310,331 |
自動車の盗難 | 80,636 | 兵器;携帯、所持など | 153,161 | 浮浪 | 21,896 |
放火 | 9,068 | 売春と商業化された悪徳 | 26,713 | その他すべての違反行為 | 3,318,453 |
暴力犯罪 3 | 495,871 | 性犯罪(レイプと売春を除く) | 40,796 | 疑い | 579 |
財産犯罪 3 | 1,074,367 | 薬物乱用違反 | 1,558,862 | 夜間外出禁止令と徘徊法違反 | 14,653 |
- ※1 疑惑は含まれていません。
- ※2 この表の強姦件数は、従来の統一犯罪報告の定義と改訂された定義の両方に基づいて提出されたデータの集計合計です。
- ※3 凶悪犯罪とは、殺人および過失致死、強姦、強盗、加重暴行の犯罪です。財産犯罪は、強盗、窃盗、自動車窃盗、放火の犯罪です。
日本の職場における薬物検査の現状
薬物検査に消極的だった日本では、職場での薬物検査に関する指針も、資料も、提供されていません。
職場における薬物検査とは何か、そこでやるべきこと、やってはいけないことも明らかになっていない状態で、実に危なっかしい手探りで、検査が導入され始めているのです。
まず必要なのは、正確な情報と先進国の法律やガイドライン、各種の制度などを検挙に学ぶことから始めるべきだと思います。
職場の薬物検査の仕組み
実施とタイミング
- (1)雇用前検査
-
- ・薬物の無い職場法(米国)」に記載されている、薬物使用者を採用しないための基本的検査。
- ・医療機関と連携して「雇用前健康診断」と一緒に検査されることを推奨致します。
- (2)定期検査
-
- ・年に1〜2回実施される「定期健康診断」時に、全社員(アルバイト・臨時職員含む)を対象に行う検査。
- ・違法薬物のほかに処方薬や市販薬等の依存症、またはその傾向・過剰摂取等が検知されます。
- (3)不定期・臨時検査
-
- 不定期検査
- 詳細日時は不開示
*「DOT規則は、商業ドライバーの不定期検査は年6回程度」と規定。
- 抜き打ち検査
- 現場などで予告なく実施。
- 臨時検査
- 重大な事故、インシデント、薬物事件等が起きた際に実施。
- 指名検査
- 薬物の使用が疑われる客観的な状況が認められた場合に実施。
- 配属前検査
- 薬物検査が必要な部署への配属前。
※ 上記検査キット(1)を除き、一次(スクリーニング)検査と二次(確認)検査の2段階検査法が基本となります。
薬物検査の流れ
一次検査
(1)スクリーニング検査 DAST DACT
集団から「薬物使用者」を選別(篩にかける)検査です。“篩は広範囲なほど効果が高い”
ラテラル フロー イムノアッセイ(Lateral flow immunoassay)、別名「イムノクロマト法」とも呼ばれます。
迅速・簡便な検査手法の一つで、妊娠診断、インフルエンザ診断、Covid-19検査等のPOCT(Point of care Testing:臨床現場即時検査)の分野で広く普及しています。
複雑な装置類を必要とせず、使い捨て・誰でも簡単操作・低コストの検査方法です。 検体とキャプチャー抗体の反応による2つのカラーライン(Test / Control)の発現を、目視または光学読取機により判定します。
- 定性検査
- 規定のCut-off(閾値)を超えると「陽性」、数値が下回ると「陰性」、どちらかの反応が出ます。
(2)薬物検査(尿)のCut-off値(一・二次)と検出可能時間
No | 略号 | 日本名 | 概要・俗称等 | 検出時間 | DOT規制 | 一次検査Cut-off | 二次検査Cut-off | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
最短(時間) | 最長(日) | |||||||
1 | AMP | アンフェタミン | 覚醒剤「Smart Drugs」 | 4~6 | 2~3 | ○ | 500ng/mL | 250ng/mL |
2 | M-AMP | メタンフェタミン | 覚醒剤「アイス」「シャブ」 | 4~6 | 2~3 | ○ | 500ng/mL | 250ng/mL |
3 | BZD | ベンゾジアゼピン | 抗不安薬・睡眠薬 | 2~7 | 1~4 | 1,000ng/mL | 1,000ng/mL | |
4 | COC | コカイン | 麻薬・局所麻酔薬「クラック」「ロック」 | 2~6 | 2~3 | ○ | 150ng/mL | 100ng/mL |
5 | MDMA | エクスタシー | 幻覚剤「エクスタシー」「Molly」 | 2~7 | 2~4 | ○ | 500ng/mL | 250ng/mL |
6 | OPI | オピエート | 「阿片」「モルヒネ」「ヘロイン」 | 2~6 | 1~3 | ○ | 2,000ng/mL | 2,000ng/mL |
7 | PCP | フェンサイクリジン | 幻覚剤「エンジェル・ダスト」「ケタミン」 | 4~6 | 7~14 | ○ | 25ng/mL | 25ng/mL |
8 | THC | テトラヒドロC | マリファナ(大麻葉)、ハシッシ(樹脂) | 1~3 | 1~7 | ○ | 50ng/mL | 15ng/mL |
9 | LSD | リゼル酸ジエチルアミド | 幻覚剤「ペーパー」「アシッド」 | 1~2 | 2~4 | 20ng/mL | N/A |
(3)薬物の検出可能時間
検出可能時間には「最短時間」と「最長時間」があります。
なお、薬物使用の量・頻度、性別・年齢・体格・基礎代謝等により検出可能時間は大きく変化します。
- 最短時間
- 薬物を使用した後「尿から検出」できるまでに必要な時間
- 最長時間
- 薬物成分が「尿から検出」できなくなるまでの時間
2009年夏、薬物使用の疑いで逮捕状が出た有名女優(SN)が約1週間、自ら行方をくらました事件がありました。
当初は自殺を心配されていましたが、実際は薬物検査に反応しないよう「体から薬が抜ける時間を稼ぐため逃亡」していたことが判明し、世の中に少なからぬ波紋を与えました。
インターネットなどの情報で、多くの乱用薬物は摂取後2-4日程度でスクリーニングの尿検査で検出できなくなることは既に多くの人に知られています。
薬物検査は「不定期検査」「臨時検査」が基本となります。
事前に検査情報が漏れるとこのような事態を招き、検査の有効性が失われますので注意が必要です。
(4)スクリーニング検査の精度
- ● スクリーニング検査の精度は100%ではありません。
- ◎ スクリーニング検査の「陽性反応」だけでは、「陽性」と断定できません。
確認検査が必要です。
- 疑陰性
-
- ・ 薬物を使用後の時間経過でCut-off値に達しない。(例:金曜日の夜覚醒剤を使用し、翌週金曜日に検査した場合)
- ・ 薬物の使用頻度・量・体格・性別・年齢・基礎代謝等により、体内に残留する薬物の濃度が変わります。
- ・ 検体の検証と妥当性の確認V&Vの不徹底(尿の持ち込み・すり替え・希釈・混和・妨害剤等)により「疑陰性」は起こります。
- 偽陽性
-
- ・ 処方薬や市販薬、一部の食品によって「偽陽性」が発生する場合があります。
- ・ 偽陽性の発生を回避するために「問診票」「処方箋控えまたはお薬手帳」等の事前情報の収集が必須となります。
- ・ 医薬品による「偽陽性」の判断は、MRO (Medical Review Officer:薬物の知識を有する医師)でなければなりません。
スクリーニング検査の精度Accuracy
Drug | 陽性の場合 一致する割合 |
陰性の場合 一致する割合 |
全体の場合 一致する割合 |
---|---|---|---|
AMP | 92.5% | 97.5% | 95.0% |
mAMP | 96.7% | 100.0% | 98.4% |
BAR | 97.5% | 100.0% | 98.8% |
BZO | 95.8% | 100.0% | 97.9% |
BUP | 97.5% | 98.3% | 94.6% |
COC | 90.8% | 98.3% | 94.6% |
MDMA | 98.3% | 98.3% | 98.3% |
MTD | 97.5% | 98.3% | 97.9% |
OPI300 | 97.5% | 99.2% | 98.4% |
OXY | 96.7% | 97.5% | 97.1% |
PCP | 96.7% | 98.3% | 97.5% |
THC | 100.0% | 96.7% | 98.4% |
TCA | 98.3% | 97.5% | 97.9% |
- ※TCAはHPLC
- ※GC/MS:Gas Chromatography/Mass Spectrometry(ガスクロマトグラフィー質量分析法)/HPLC:High Performance Liquid Chromatography(高速液体クロマトグラフィー)
二次(確認)検査 DACT
◎ スクリーニング検査の結果「陽性が疑われる」検体は、「確認検査」を行います。
- GC
- ガスクロマトグラフィー等の分析装置を使用した医学的な手法による検査
- 定量検査
- 二次(確認)検査Cut-off値を上回った場合「陽性」を確定